不眠
時々、いゃ割と頻繁に、眠れない夜がある。
その日、ベッドに入ったのは深夜1時を過ぎていた。難なく眠りに落ちたと思うけれど、ふと目が覚めたその時、頭の上で男の人の声がした。
声はよく響いていたけれど、何を言っているのかはわからない。ただ、誰かに説教でもしているような抑揚だった。
その人が短く何かを言ったあと、次にハッキリと言葉が聞こえた。
ごめんなさい。
少年の声だった。
見た訳ではないけれど、中学生くらいだろうか。それは間違いなく少年の声だった。
寝ぼけ眼のまま、頭の上側の窓を見やる。カーテンはしっかり閉められていて、窓もきっちり閉めてある。
その窓の下は吹き抜けになっていて、うちの玄関を入る数歩は渡り廊下のような造りになっている。声が上からのものか下からのものかはわからない。
ふと時計を見ると三時だった。
その声を最後にマンション内は静まりかえった。静かで当たり前の時間だ。
ごめんなさい。
低く声に出してつぶやいてみる。最後に私が誰かに叱られたのはいつだったろう。ごめんなさいを言った相手は誰だったろう。最後にごめんなさいと言われたのはどんな時だったろう。
瞼は眠くて重いのに、頭の片隅が覚醒してしまった。
考えるつもりはなくても、勝手にいろんな方向に頭が走り出す。
気がつけば、ドアに新聞が差し込まれる音がした。深く息を吐いてから、ゆっくりベッドから起きあがる。
トイレに行って何気なく時計を見た。午前五時。もう一眠りしよう。
そう思ってベッドに入ったものの、全く寝付くことが出来ない。頭が迷走しはじめて、空想とも妄想ともつかない物語が始まる。そのうちに夢と現実の間をゆらゆらと彷徨い、浅く息をして再び目を覚ます。
ノドが乾いた。
今度はトイレではなくキッチンへ。ゆっくり喉に水を流し込みながらリビングへ。カーテンの隙間から外を覗く。すっかり朝だ。ゆっくりカーテンを開ける。
今日も何だか眠れなかった。このまま起きてしまおうかな…。
すっかり冷たくなった体を再びベッドの中に押し込める。
足が冷えてしまった。頭と瞼は重い。膝を抱えて布団の中で丸くなる。
朝の気配が、頭の窓から漂ってくる。次第にザワザワと。七時、八時…。
誰かの足音。何かが当たる音。時々話し声。ゆっくりと微睡む私。
しっかりとした子供の話し声と大きな笑い声で目が覚めた。
またやってしまった午前10時。最悪。
割とよくある一日の始まり。
ごめんなさい。
誰にともなくつぶやいてみる。