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~ 菜 乃 庵 ~

ユルイ生活blog.目指せオトナのsimple life.

距離

本当は撮りためた写真を整理しつつ、記事をアップしていく予定だったんだけど、日付をずらしたところで年内に現在まで追いつくことが出来るかどうか微妙になってきた。

そういうことを続ける根気が年々なくなっている自分に驚く。音楽を聴かなくなった。本を読まなくなった。映画とコミックは家人が定期的に仕入れてくるから、なんとなく見ているけれど、自分で何かを探して感動するということが、本当に少なくなった。明らかな老化の始まりだ。



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ベランダから見た九月の夕空



今、私の頭の中を占めているのは親からの手紙。過去にも思い悩んだことがあって(おもい - ~ 菜 乃 庵 ~)、結局この時は返事を出さなかった。返事をどう書くかを悩んでいるうちに面倒くさくなって、放置することにした。

返事を出しても出さなくてもこじれるなら、いっそうのこと対応しないのが一番いいと思えるのだ。相手は私が何をどういっても納得はしないわけで、私の方は既にわかってもらおうとか、理解しあいたいとか、そういう気持ちからは遠く離れた場所にいる。

相手が私に腹を立てていても、気分を悪くしていても、それで何か言われても、私はどうでもいいのだ。そのどうでもいいという気持ちを相手にわざわざ伝える必要はあるのだろうか。と返事の内容を考える。

いろいろ書きなぐっては、最終的に無駄だなと思う。延々考えて、言葉を選んでみても、最後は意味がないな、と思う自分にたどり着く。それは多分、過去からの経験によるもので、もう幾度となく繰り返したことなのだ。


今更という思いと、もしかしたらこれが最後かもという思いがいつだって交差する。年老いた親のいうことくらい聞いてやれと人は言うだろう。一刀両断に思い切れないのは他人ではなく親だから。短いこの先の人生を一緒に笑って過ごせたらと思う。

許すとか許さないという気持ちはない。今まで言われたこと、されたこと、全て受け入れて飲み込んだ。その上で、距離が必要だと思った。その距離を詰めよって、あわよくば重なろうとする相手とこれからをどうつきあえばいいのか私は考えあぐねている。

親は自分の思うとおりにならない私を持て余している。親自身と私は違う人間だということを理解しない。自分の嗜好と思考を私に押し付けて干渉してくる。私は私の大切なものや好きなものをもう傷つけられたくない。ようやく親離れできた私は今の自分の生活を守りたい。


実親と娘の関係は、下手をすると義理親と嫁の関係より難しいかもしれない。