男友達
遅めのブランチを食べて、さてどうしようかと考えていたら、携帯が鳴った。高校からつきあいのある男友達からだった。取り損ねたのでかけ直そうとしたら、再びかかってきた。
何かと連絡はしていたが、そういえばここ2-3年は会ってなかったな。彼は自営業なので、私が気まぐれに店を訪ねて会うことが多かった。
「よぉ!」と彼。
「おぉ〜」と私。
短い挨拶のあと、彼は言う。
「今、見覚えのある通りを走ってて思い出したんや」
聞けばすぐ近くにいると言う。ぶっちゃけ起き抜けの自分の姿に焦った。一人なのか、家族と一緒なのか。前に話したのはいつだっけ?えーっと…。そうだ!奴が浮気したときだった。また何かあったのか。余談だが、私と彼は本当に友達のままで、男と女の関係になったことは一度もないし、そんな気持ちになったこともない。
「××のとこに車停めてる」
「そっか。ヤバイほど近いとこにいるな(笑)」
一瞬、部屋に来てもらうか、自分が出て行くかを考えた。すると彼が言った。
「俺、今タクシーに乗ってるねん」
「え?何?タクシー???」
頭が混乱する。タクシーに乗ってる途中?あれ?車停めてるって?彼が言葉を続ける。
「うん。実はタクシーの運転手やってんねん」
「う、うぇ?そうなんや〜!」
店は今年9月にたたんだらしい。赤字が続いていて、これ以上店を続けていても意味がないと思ったこと。何が出来るか考えたとき、タクシーの運転手くらいしか思いつかなかったこと等、淡々と語る彼。
そんな人生の転機を、こんな時間に、こんなふうに携帯で話すのかよっ(笑)
「あ、この通り走ったことある。この店知ってる。ここ来たことある。と思ったら、お前んちの近くやった」
「あはははは」
「まだ働き始めたばかりで、無線で途切れることなく走りまわされるさかい、息抜きの仕方がわからへんねんけど…」
そこで一旦言葉を切る彼。私は黙って聞いていた。
「今、こうやってお前に電話してるゆーわけや!」
「・・・・・。」
私はすぐに言葉が出なかった。わかってる。そんなこと言ってるけど、ちゃっかりした彼のことだ。これが初めての息抜きなわけがない。それでも何ていうのかなぁ…。うまく言葉にできないや。
「そっかー。大変やなぁ。人生いろいろあんなぁ〜」当たり障りなくそんなことを言う私。そうなんだ。私もいろいろあったわけだし…。
「ほんまにな。いろいろあるのが人生やとは思うけどな」と彼。
その後、少し世間話をして「お互い死ぬときに笑えたらええやんな」と言いあって電話を切った。彼と話すと最後はいつもそんなことを言ってる気がする。
彼は学校を卒業してから一旦サラリーマンになり、その後結婚をして親の店を継いだ。サラリーマンと自営を経験しているので、案外タクシーの運転手という選択はいいかも知れない。
転職は人生の大きな転機だと思う。今までの経験と共に、新しい人間関係や力関係に飛び込むわけだから、それなりにストレスもあるだろう。
時間を作って会って話せば、多分延々といろんな話が飛び出すと思う。だけどそうしない彼と私の距離は、本当の意味でちょっとした息抜きなのかも知れない。
だったら疎遠になってもいいようなもんだけど、どうしてだかお互い何かあると連絡する。まぁそこが男と女だからなのかな。すごい微妙だけど。
私に何があっても、彼に何があっても、いつも事後報告。愚痴りたいけど、愚痴らない相手。お互いの深いところまで入ってはいかない関係。
だけど確実に、言葉にしなくても、あ、わかるって感覚がある。これがまた不思議なんだよ。そして時々何気ないヒトコトが、お互いに気付かないヒトコトが、なぜか深く刺さって残ってたりする。
彼はしきりに「嫁も今は一日家にいるから、ランチでもつきあってやって」と言っていた。そうか、彼も大変だけど、彼女も大変だろうな。
友情も愛情も「ずーっと一緒だよね」なんて約束で続いていくものではない。損得抜きに自分がその人とつきあっていたいかどうか。それだけなんだと思う。
何をしても、してくれなくても。